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大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)733号 判決

原判決第三項中被控訴人アイ、ヴオルヒン附帯控訴の部分を左のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)及び被控訴人(附帯控訴人)アイ、ヴオルヒンの間に神戸市生田区北野町四丁目百三十五番屋敷の一、木造瓦葺二階建地階附家屋一棟中二階の東北隅の洋室二室合計約五坪(原判決末尾添付別紙図面のABに該当するもの)につき賃貸借関係の存在しないことを確認する。

被控訴人(附帯控訴人)アイ、ヴオルヒンの反訴請求中前項掲記の家屋一棟中二階の西面部の洋室一間(約十二坪別紙図面Cに相当するもの但し南端廊下を含む)の明渡を求める部分は之を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも且控訴及び附帯控訴を通じ全部を三分しその二を控訴人(附帯被控訴人)その一を被控訴人(附帯控訴人)アイ、ヴオルヒンの各負担とする。

二、事  実

控訴人(附帯被控訴人)代理人は原判決中控訴人(附帯被控訴人)勝訴の部分を除きその他を取消す、被控訴人両名は控訴人に対し神戸市生田区北野町四丁目百三十五番屋敷の一、木造瓦葺二階建の内二階の東北隅の二室合計約五坪(別紙図面A及びBに相当の部分)を明渡し且つ昭和二十四年八月九日から右居室明渡に至る迄一ケ月金二百円の割合による金員を支払え、被控訴人(附帯控訴人)アイ、ヴオルヒンの反訴請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)アイ、ヴオルヒンの附帯控訴につき本件附帯控訴を棄却する、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人両名代理人は本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とするとの判決を求め、被控訴人アイ、ヴオルヒンは附帯控訴として原判決主文第三項を左の通り変更する。控訴人(附帯被控訴人)及び被控訴人(附帯控訴人)アイ、ヴオルヒン間に神戸市生田区北野町四丁目百三十五番屋敷の一、木造瓦葺二階建但地階附、家屋一棟建坪一、二階共各四十五坪三合、地階三十坪七合中二階東北隅の二室建坪約五坪(別紙図面A及びB)相当の部分について賃借権の消滅を確認する。控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)アイ、ヴオルヒンに対し前項家屋中二階西面の洋室一間建坪約十二坪(南方の廊下を含む、別紙図面Cに相当するもの)を明渡せ。控訴費用は第一、二審共控訴人(附帯被控訴人)負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出認否援用は、控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人と称す)代理人において(一)控訴人が訴外エ、ペルシンに対し本件家屋中二階東北隅洋室二間(別紙図面A、Bに相当するもの)を賃貸人である岡本森吉の同意の下に転貸しペルシンは右二室転借の当時之に至る廊下、階段、玄関を使用していた。(二)被控訴人ヴオルヒンが本件家屋を岡本森吉より買受けた日時及その登記の日時が被控訴人主張のとおりであることは之を認める。(三)右転貸によつて控訴人とペルシンとは全体と部分との関係において重畳的に之を占有しているものであり、従つて仮に被控訴人の占有取得が占有代理人であるペルシンの意思に基づくものであつても重畳的占有者である控訴人の意思に反する限り当然控訴人は占有回収の訴を起し得る。而してこの関係は被控訴人ヴオルヒンから控訴人に対し契約解除があつた場合でも又ペルシンが同被控訴人のため占有する旨の意思表示をした場合でも何等変ることなく、控訴人は依然右居室につき占有権を有する。何となれば控訴人は右の場合でも常にペルシンと重畳的に事実上の占有を持続しその限りは本権関係の変化は占有権に何等の影響がないからである。(四)占有訴権における占有の侵奪は所持者の意思に基かずして所持が奪われる場合を云い、必ずしもその侵奪が暴力によつて行われることを必要としない。本件において被控訴人両名の占有は控訴人の意思に反して取得されたものだから、被控訴人等は控訴人の占有を侵奪したものである。(五)被控訴人ヴオルヒンの反訴に対し訴却下を求める占有の訴に対し防禦方法として本権に関する主張をなし得ないことは請求の基礎を異にすることから明かである。従つて之と牽連する本権上の反訴を提起することは許されない。然るに被控訴人アイ、ヴオルヒンの本件反訴請求原因はいづれも所有権に基づくものであり右反訴は所謂本権上の請求であると云うべく、不適法で却下を免れない。(六)仮に然らずとするも、被控訴人ヴオルヒンは神戸市生田区山本通二丁目に家屋を賃借し他人を居住せしめている。その家屋は宏大な外人向の建物で何時でも引越し可能で同居も差支えない。被控訴人ヴオルヒンは強いて控訴人方に強制的に同居を求める必要がない。(七)被控訴人ヴオルヒンは米国領事館に対し米国向渡航許可申請をし、既にその許可を得ているに拘らず再三延期を申出でている。被控訴人ヴオルヒンは結局理由の有無を問わず控訴人を立退かせ本件家屋を高価に売却せんとの意向の如く、現に被控訴人は売却周旋方を方々に依頼し控訴人方に未知の者が様子を見に来ている現状であり同被控訴人は本件家屋を自ら使用の必要はない」と述べ被控訴代理人において、(一)控訴人が本件家屋中二階東北隅洋室二間(別紙図面AB相当)を賃貸人岡本森吉の同意の下に訴外エ、ペルシンに転貸し、ペルシンが転借中右二間に至る廊下階段及玄関をも使用していたことは之を認める。(二)被控訴人ヴオルヒンが本件家屋を所有者たる訴外岡本森吉から買受けその所有権を取得したのは昭和二十三年十一月十五日であつてその所有権移転登記を経由したのは同年十二月二十四日である。(三)ペルシンは本件家屋中二階東北二室転借中之に至る廊下、階段及び玄関につき直接占有を有し被控訴人ヴオルヒンの家屋買受後は控訴人及び被控訴人ヴオルヒンが間接占有を有していたものである。(四)賃貸借関係において賃借人が物を所持するは一面自己のためにすると同時に他面賃貸人を代理して占有する。即ち賃貸人は代理人によつて物を所持する者であるから賃貸人がその占有を侵奪されたか否かは占有代理人である賃借人について之を判断すべきである。(五)本件訴訟の主なる訴訟物は占有回収の訴であるから、本権に関する事由は審理の対象となし得ない。しかも控訴人及び被控訴人が共に占有している本件家屋は全部被控訴人の所有に属しているので、被控訴人が二階の居室を占有使用しているのは家屋の所有権に派生する正当な権利行使である。控訴人は「被控訴人ヴオルヒンはペルシンより二階居室の賃借権を譲受け又は転貸借を受けその権原に基づき同室を占有使用しているに過ぎない。

従つて控訴人のペルシンに対する賃貸借解除により被控訴人の占有が不法だ」と主張するが、「被控訴人の右居室の占有使用は所有権に基づく正当な権利行使であるから控訴人がペルシンに対する賃貸借を解除するも被控訴人等の右居室に対する占有が権原なき不法のものとはならぬ」と述べ被控訴人ヴオルヒン代理人は反訴請求につき(一)被控訴人は現在の状態では家財道具の置き場所もなく、あらゆる空間を使用して之等の置き場所を作つている。他方控訴人は僅かの家族で階下地階合せて九十坪余りの広大な場所を全部使用占有し之等のみでも家族全部の生活に何らの支障もないのに、現在なお二階の最大及び中位の二部屋を占有して被控訴人の再三の明渡要求に応じようとしない。控訴人は家族七人だと主張するも、息子夫婦と子供二人は昭和二十七年五月二十三日転居したので本件家屋には現在三人しか居ない。控訴人は北村信雄は病気療養のため一時退去していると主張するもかような事実はなく、同人は他に自己名義で家屋を新築し婚姻生活を営んでいる。仮に同人が将来復帰しても控訴人現在占有の階下及び地階で十分である。(二)被控訴人ヴオルヒンは永住許可の在留資格を取得し且之を変更したような事実はない。通常の在留外国人の在留期間は三年以内の範囲で定められ、この期間は相当と認めるとき原則として更新される。在留外国人で永住許可の在留資格を取得している者は寧ろ少く、通例この期間を更新することにより半永住的生活をしている者が多い。従つて被控訴人の在留期間が千九百五十二年十月十七日から千九百五十五年十月十六日迄と定められていることから、当然この期間内に被控訴人が日本を去るとの結論を生ぜぬ。殊に被控訴人等は国籍のない白系露人であつて露国に革命の際追われて日本に来り既に二十数年滞在した。第二の祖国と云うべき日本を去ることはよほどの事情のない限り生じない。(三)被控訴人ヴオルヒンは米国渡航申請をしたが、日本共産党が多数議席を獲得し朝鮮事変の発生に日本赤化の危惧を感じ殆どすべての在留白系露人が渡米申請をしたのに倣つたものであるが、未だその許可は受けていない。実際被控訴人等が日本を去るか否かは米国領事館の渡航許可証明書下附状況並に同人の渡航意思如何により決定されるべきことである。而して渡米許可書の下附状況も毎年数人と云う割当制限のため、ここ五年以内に許可を得る可能性もなく、他方朝鮮事件終結近く、日共の勢力激減した現状において病弱の被控訴人両名が乏しい全財産を渡米費用に投売りして住み慣れた日本を離れる意思はある筈がなく、被控訴人が渡米することはここ十数年間あり得ない。従つて又被控訴人は本件家屋売却の意思で控訴人に之が明渡を求めているものではない。被控訴人にかような意思があるとせば本訴で二階のみの明渡を求めることをせず階下等全部明渡を求める筈である。(四)被控訴人が神戸市生田区山本通二丁目に於て他より家屋を賃借し何時でも之に引越し可能で本件家屋に控訴人と同居する必要がないとの控訴人主張事実は否認する。被控訴人は昭和二十一年軽井沢から神戸市に引揚げた際、神戸市生田区山本通二丁目のパラシユチン方一室を借受け居住したがその後同人の要求で之を明渡し昭和二十三年十一月本件建物を買受け引移つた。パラシユチンはその家屋を昭和二十七年九月頃印度人某に売渡した。被控訴人は自己の使用しない建物を借受けて置くほど経済的余裕がない。(五)予備的原因として被控訴人は昭和二十四年秋頃から控訴人北村が本件家屋の一部である地階の一室(四帖半の間)を被控訴人の不知の間に何等の承諾なくして訴外山本みち子(初子と共に居住)に転貸したから、之を理由とし控訴人に対し本件家屋賃貸借を解除する(昭和二十六年十一月二十八日本件口頭弁論期日において右解除を主張す)と述べた。

<立証省略>

三、理  由

まづ控訴人の本訴請求について判断する。控訴人が訴外岡本森吉から同人所有にかかる神戸市生田区北野町四丁目百三十五番屋敷の一、木造瓦葺二階建但し地階附家屋一棟建坪一、二階とも各四十五坪三合、地階三十七坪七合を一ケ月賃料金八百円で賃借した上、賃貸人岡本承諾の下にその二階東北隅の洋室二間合計約五坪(原審判決添付別紙図面A及びBに相当する部分)(以下単に本件居室と云う)を訴外エ、ペルシンに対し転貸し、ペルシンにおいて本件居室に居住し且つ之に至る通路として廊下、階段、玄関を使用していたところ、被控訴人アイ、ヴオルヒンにおいて昭和二十三年十一月十五日岡本から右家屋を買受け同年十二月二十四日その所有権移転登記を経由し之によつて岡本の控訴人に対する家屋賃貸人たる地位を承継したこと、並に昭和二十四年八月九日ペルシンが本件居室を退去すると入替えに被控訴人アイ、ヴオルヒンとその妻トレチヤニヴア、クゼニヤが右居室に入居し爾来之に居住している事実は当事者間に争がない。そこで被控訴人等の右居室入居直前におけるペルシン並びに本件当事者双方の右居室及び玄関廊下階段に関する占有関係かどうであつたかについて判断するに、原審及び当審における本件家屋に対する検証の結果によれば、本件建物は洋館造りで、二階表側東北隅の本件居室たる二個の洋室中A室は便所、炊事場等に使用できる室であり、その南側に接するB室は居間兼寝室として用いられA室との間に交通ができ、右A室より廊下階段を経て一階北側表玄関により外部と出入できること、右B室より順次図面C・D室を経て右廊下に通ずるも本件居室は本件家屋中その余の部分とは独立した世帯を営むことができる構造であることを認めることができ、右事実並に原審証人岡本その同エ、ペルシンの各証言を綜合すれば、被控訴人等の入居直前においては(イ)右二個の本件居室についてはその転借人であるペルシンがその直接占有者として之を占有すると共に一面同人は本件家屋の賃借人である控訴人並びに家屋所有者たる被控訴人ヴオルヒンのため之を代理占有し、控訴人及び被控訴人ヴオルヒンがいづれもペルシンを占有代理人として間接占有して居り、又(ロ)前記居室(A)に通ずる廊下階段並に表玄関については右居室よりの出入に必要である範囲において右居室の転借人であるペルシンの直接占有に属すると共に(この限度でペルシンが右廊下等を使用していたことは当事者間に争がない)本件家屋中図面C、D室その他各室の使用に附随する範囲においては本件家屋の賃借人であり、之等他の各室の直接占有者である控訴人の直接占有に属していたもの、換言すれば、右居室に至る廊下、階段並びに玄関についてはペルシン及び控訴人の両名において各自己使用居室の使用の限度において共用部分として共同して直接占有し準共有の関係にあつたものであり、就中ペルシンの右直接占有については更に転貸人である控訴人並びに所有者たる被控訴人ヴオルヒンが間接占有していたものと認めることができる。控訴代理人は控訴人は本件居室をペルシンに転貸したが、控訴人は之によつて単に之が間接占有者となつたものではなく、之によつて控訴人とペルシンとは本件居室について全体と部分との関係において重畳的に事実上の占有即ち直接占有を有しているもののように主張するけれども、たとえ控訴人が本件居室の隣室の直接占有並に通路たる廊下等につき前掲のような準共有たる直接占有をするとは云へ、之によつては既にペルシンに転貸してしまつた本件居室につきなお直接占有ありとすることは到底是認できぬことがらでありその他前段認定を覆へし控訴人の右主張を認めるに足る何等の資料がない。控訴代理人は仮に然らずとするも控訴人が昭和二十三年一月中転借人であるペルシンに対し自己使用の必要に基づく転貸借解約の申入をしたから、その後六ケ月の期間満了した同年七月を以てペルシンの代理占有は当然消滅し控訴人は本件居室の直接占有を回復した旨主張するが、ペルシンの占有権は占有者たる同人が占有の意思を抛棄し又は占有物の所持を失わない限り転借権の消滅の如き本権上の消長あるも之によつては消滅するものでないところ、原審及び当審証人ペルシンの証言によれば、ペルシンは控訴人から右転貸借解約の申入を受けたが同人はその効果を争い、その後も依然右居室に居住を続け被控訴人ヴオルヒンとの入替えの当時に及んだことを認め得るから、ペルシンの本件居室に対する直接占有は控訴人のペルシンに対する右転貸借解約申入(その効果の有無を問わず)により何等消滅しなかつたものというべく、従つて控訴人が之により右居室の直接占有を回復すべき理由もなく、控訴人の右主張は採用できない。よつて被控訴人等がペルシンと入替に本件居室に入室したことがペルシン又は控訴人の占有を侵奪したものといえるか否かの点について判断する。まづ被控訴人等代理人は被控訴人ヴオルヒンは本件建物の所有者であるから被控訴人等の本件居室に入り之を占有取得したのは正当な権利行使であつて何等不法のものではない。従つて占有侵奪となり得ないと主張するようであるが、占有侵奪の成否は本権上の理由に基いて判断すべきでなく、占有物の所有者といえども、次に説明するように所持者の意思に反し所持を奪つた事実がある以上、この者に対する占有侵奪の成立を排除される理由はない。従つて被控訴人ヴオルヒンが当時本件建物の所有者であつたにしても之を理由として当然同被控訴人について本件居室占有侵奪の成立の余地のないものとすることはできない。従つて被控訴人等のこの点の主張は理由がない。而して占有の侵奪の成立するには占有者に対する詐欺又は強迫により占有の譲渡あるも、未だ之を以ては足らないが、必ずしも所持の移転が暴力に基づくことを要せず、苟くも占有者の意思に基かずして占有物の所持を失わしめるときは、ここに占有の侵奪ありと解すべきである。(従つて占有の侵奪には所持の移転に暴力が加えられたことを必要とする旨の被控訴人等の見解は排斥する)而して代理占有の場合においては物の直接の所持を有する者が代理占有者であつて、本人は直接物の所持を有せず直接占有者に対する所謂代理的関係を持つとはいえ、ただ占有代理人である直接占有者の所持に基いて間接占有を認められるに過ぎないのであるから、代理占有の場合における占有侵奪の有無即ち占有者の意思に基かずして所持が奪われたか否かは、専ら直接物の所持を有する占有代理人についてのみ判断すべきである。従つて直接占有者について占有侵奪があるときはその直接占有者がその占有を失わざるものとして占有回収の訴を起し得るは勿論延て本人も亦その間接占有の侵奪ありとし従つてその占有を失わざるものとして之に基づき占有回収を訴求し得るけれども直接占有者が任意にその占有を他に譲渡した場合においてはこの占有取得者は直接占有者に対しその占有を侵奪したものと云えないのは勿論、延てまた間接占有者に対する関係においても、直接占有者の占有移転が間接占有者の意思に反すると否とを問わず、占有侵奪は成立しないものと解すべきである。もし然らずとすれば直接占有が消滅するに拘らず本来直接に所持を有しない本人の間接占有のみが存続する結果となり、民法が占有代理人が占有物の所持を失つたことにより本人の占有権が消滅すべきものとした趣旨に反するからである。原審証人岡本その、同エフ、パラシユチン(第一、二回)原審及び当審証人エ、ペルシン同木村邦蔵の各証言、原審及び当審における被控訴人アイ、ヴオルヒン本人の第一、二回訊問の結果を綜合すれば被控訴人ヴオルヒンは東京都において戦災のため住居を失い諸所を転々した上、昭和二十一年十一月以来神戸市生田区山本通二丁目十一の八訴外エフ、パラシユチン方の一室を借受け、之に仮寓していたが、右居室の状況は予ねてから病弱の同被控訴人の療養生活にも適せず一層住居の安定を切望していたが偶々同被控訴人において岡本森吉から本件家屋を買受けた後、控訴人に対し該家屋又はその二階の一、二室の明渡方を求めたがその間神戸市生田区北野町二丁目六番屋敷に約十二、三坪の家屋の賃借権を買求め昭和二十四年七月頃之を控訴人の立退先として提供したりしたが、控訴人が之に応じないので、終に同月二十四日ペルシンとの間被控訴人ヴオルヒンは前記北野町二丁目六番屋敷の家屋をペルシンに提供し、同人が本件居室より右家屋に引移ると同時に被控訴人等において本件居室に入居することを合意し且つその旨控訴人にも予告した上、同年八月九日ペルシンと入替に本件居室に入居したもので、即ち右居室並びに之が出入のため必要な右二室に至る廊下、階段及び一階玄関についてペルシンが有していた直接占有はペルシンとの関係においては完全な合意によつて被控訴人ヴオルヒンが平穏に譲渡を受けたものと認めることができ、控訴人の立証によつては右認定を左右することはできない。然らば被控訴人ヴオルヒンの本件居室及び之に附随する廊下、階段及び玄関に対する占有の取得は、之が直接占有者であつたペルシンに対する関係上占有侵奪とならぬものであるのは勿論、延て又その間接占有者であつた控訴人に対する関係においてもその意思に反すると否とを問わず当然占有侵奪にならぬものと解すべきである。加之原審証人岡志郎、同エフ、パラシユチン(第一、二回原審)及び当審における証人塚田和夫、同木村邦蔵、同エフ、ペルシンの各証言控訴人本人の一部供述、被控訴人アイ、ヴオルヒン本人の第一、二回供述を綜合すれば昭和二十四年八月九日被控訴人両名が人夫を使用し荷物を運びペルシンと入替えに本件居室に入居した際、控訴人自身は不在でその妻である訴外北村てうが本件家屋玄関附近に居合せたので被控訴人ヴオルヒンは自分の荷物だから宜敷たのむと云うと同人は成行に任せて之を黙視したに止まつたものであつて、従つて被控訴人ヴオルヒンは何等控訴人の反対の意思表示を受けずに寝台等自己の荷物を右居室に搬入し了り之によつて右居室及び之に附随する廊下、階段並に玄関に対するペルシンの占有を承継取得したことを認めることができる。控訴代理人は被控訴人ヴオルヒン等は北村てうの拒絶に拘らず無理に入居した旨主張するけれども、原審及び当審証人北村てうの之に副う証言は前掲各証拠に対照したやすく措信することができないし、原審証人岩本仲蔵及び同エヌ、リララム、同塚田和夫の各証言、原審及び当審における控訴人本人の供述によつては未だ右事実を確認することができない。他に右認定を覆へすに足る証拠がない。然らば本件居室につき直接占有者であるペルシンが被控訴人等に対し自己の意思に基づき占有の譲渡をしたため、控訴人は之が間接占有を喪失したのみならず、被控訴人等には何等控訴人に対する占有侵奪の行為もないから、控訴人は自己の間接占有に基づいてはもはや被控訴人ヴオルヒンに対し本件居室の占有の侵奪ありとして之が回復を請求する権利はなく、又占有侵奪を理由として損害の賠償を求めることもできない。控訴代理人は本件家屋中被控訴人ヴオルヒンが現在占有中の部分は控訴人が之をペルシンに転貸し之により従来控訴人とペルシンとは全体と一部との関係において重畳的に之を事実上所持し即ち控訴人も亦之を直接占有していたから、仮に被控訴人ヴオルヒンの占有取得がペルシンの意思に基づくものとしても重畳的直接占有者である控訴人の意思に反する限り当然被控訴人ヴオルヒンは控訴人に対し右居室につき占有侵奪をしたものと謂わねばならぬと主張するが、控訴人が本件居室等控訴人主張の部分をペルシンと重畳的に全体と一部との関係において直接占有していたことを認めることができないことは前段認定のとおりであるから、右事実を前提とする控訴人の右主張もその理由がない。控訴代理人は元転借人であるペルシンが控訴人に無断で被控訴人等に本件家屋を使用させたので控訴人は之を理由として昭和二十四年九月十九日ペルシンに対し契約解除の意思表示をしたから被控訴人ヴオルヒンの占有は不法であると主張するようであるが、昭和二十四年八月九日被控訴人ヴオルヒンが本件居室にペルシンと入替えに入居したことは当事者間争なく爾後控訴人がその主張のようにペルシンに対し同人との転貸借解除の意思表示をするも之によつて占有侵奪の成立すべき理由乃至控訴人が被控訴人ヴオルヒンに対し占有回収の訴を起し得べき理由を解し難いのは明白であるから控訴人の右主張も理由がない。

以上のように被控訴人ヴオルヒンの本件居室入居による之が占有取得が控訴人に対し何等占有侵奪とならぬものとすれば、被控訴人ヴオルヒンの妻であり従つて夫ヴオルヒンの占有の補助者と認むべき被控訴人トレチヤニヴア、クゼニヤにおいて夫ヴオルヒンと共に本件居室に入居したのも何等控訴人に対し占有侵奪とはならないものというべきは明かである。よつて被控訴人両名が控訴人に対し本件居室の占有侵奪をしたものとして之が回復を求め且つ右侵奪の日を昭和二十四年八月九日とし爾後明渡に至る迄一ケ月金二百円の割合による損害金の賠償を求める控訴人の本訴請求は全部その理由がないから之を棄却すべきものとする。

次に被控訴人ヴオルヒンの反訴請求について判断する。控訴人は反訴却下の判決を求めその理由として占有の訴に対し防禦方法として本権上の主張をすることができないから本権上の事由に基づく反訴を起し得ない。然るに本件反訴は所有権に基づくものであつて本権上の請求であるから不適法として却下すべき旨主張するが、占有の訴については本権に関する理由に基いて之を裁判することを得ないから本権上の理由を攻撃又は防禦の方法として主張することを得ないが反訴は本訴である占有の訴に対する防禦方法ではなく、独立の攻撃(請求)そのものであるから、占有の訴に対し本権上の理由に基づく反訴を提起することは何等妨げないこと占有の訴につき本権上の理由に基づく請求を併合することを禁じないのと同様である。而して控訴人が被控訴人等に対し本件居室につき占有回収の本訴を起したのに対し被控訴人ヴオルヒンは占有侵奪の事実を否認した上、右居室を含む本件家屋賃貸借解約申入に基づく賃貸借終了確認乃至目的物返還請求の反訴を提起したものであるから、反訴の目的である請求が本訴の防禦方法に牽連することは認められないが、それが本訴の目的である請求に牽連するものと解すべきであるから被控訴人ヴオルヒンの本件反訴は何等不適法のものではない。従つて控訴人のこの点の主張はその理由がない。よつて反訴請求の本案について判断する。訴外岡本森吉が自己所有にかかる被控訴人ヴオルヒン主張の本件家屋をその主張のような約定で控訴人に賃貸していたところ(右賃貸借に期間の定めのあつたことは当事者双方の主張しないところであるから、右賃貸借はその期間の定めのなかつたものと認められる)同被控訴人は昭和二十三年十一月十五日岡本から之を買受け同年十二月二十四日所有権移転登記手続を経、之によつて控訴人に対する岡本の賃貸人たる地位を承継したことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証の一、二並びに原審における被控訴人アイ、ヴオルヒンの第一回供述を綜合すると被控訴人ヴオルヒンは昭和二十三年十一月十六日控訴人に対し自己使用の必要を理由とし右賃貸借解約の申入をしたことを認めることができる。よつて右解約申入につき正当の事由があるかどうかについて判断するに、成立に争のない乙第三号証、原審における被控訴人アイ、ヴオルヒンの第一回訊問の結果原審証人エフ、パラシユチン(第一、二回)、同エ、ペルシン、同岡本そのの各証言を綜合すると被控訴人ヴオルヒンは戦災のため住居を失い諸所転々し、昭和二十一年十一月頃から神戸市において訴外ペルシン方の一室に仮寓したが、かねて病弱でもあり、ひたすら住居の安定を急いでいたところ、偶々本件家屋が相当広い建物であるため、その賃借人である控訴人との交渉によりたやすく二階一、二室位の明渡を得て之に同居することができるとの期待を以て昭和二十三年十一月十五日前掲のように岡本から之を買受けると直ちに翌十六日未だその所有権取得登記すら経ないで控訴人に対し二階一、二室の明渡を求めたこと、並びに本件家屋が一、二階とも各建坪四十五坪を超え地階三十七坪余もあり控訴人方の家族及同居人合計五人に対し相当余裕があることを認めることができるけれども以上の事実を以ては未だ右解約申入につき正当の事由があると認めるには足らない。従つて右解約申入はその効力がないものといわねばならない。

次に被控訴人ヴオルヒン代理人は、仮に右解約申入の効力がないとしても同被控訴人は昭和二十五年一月十日更に自己使用の必要ありとして控訴人に対し本件賃貸借解約の申入をしたから爾後六ケ月を経過した同年七月中本件賃貸借は終了した旨主張するから之を判断する。成立に争のない乙第二号証の一、二原審における被控訴人アイ、ヴオルヒンの第一回の供述によれば同被控訴人がその主張のように昭和二十五年一月十日控訴人に到達した書面でその主張のような解約申入をしたことを認めることができる。よつて右解約申入が正当事由に基づくものであるかどうかを案ずるに、原審証人エフ、パラシユチン(第一、二回)、同岡本その、原審及び当審証人エ、ペルシン同塚田和夫、同北村てう(その一部)原審における控訴人本人及び原審及び当審における被控訴人アイ、ヴオルヒン(第一、二回)の各訊問の結果並びに成立に争のない乙第三号証同第四号証の一、二を綜合すると、被控訴人ヴオルヒンは東京都で戦災のため住居を失つて以来諸所を転々した上、昭和二十一年十一月初頃から神戸市生田区山本通二丁目訴外パラシユチン方の一室に仮寓していたが、短期間の約束であつたため立退を求められ、かねて胃潰瘍のため医師の勧告もあり、天井も低く庭もないこの家を出て他に適当な移転先を求め落付きたいと切望していたところ偶々岡本所有の本件家屋が一、二階とも各建坪四十五坪を超え、地階三十七坪余もあり相当広い建物であるためその賃借人である控訴人との交渉により容易に二階一、二室位の明渡を得て之に同居することができるとの期待を以て昭和二十三年十一月十五日岡本から之を買受け(同年十二月二十四日その所有権移転登記を経由した)その翌十六日控訴人に対し二階一、二室の明渡方懇請したが、之より先き前記岡本との右家屋の売買交渉が代金の点で不調に帰した関係から被控訴人ヴオルヒンの本件家屋の買得を快しとしなかつた控訴人は同被控訴人の申出を一蹴して応じなかつたこと、昭和二十四年二月頃生田警察署渉外係巡査も同被控訴人の依頼により控訴人に対し一部屋でも明渡してやるよう勧めたが控訴人は之にも応じなかつたこと、同被控訴人はその後も尚右交渉を続けているうち同年七月十五日頃前記解約申入後六ケ月の期間を経過したので本件家屋賃貸借は終了したものとして控訴人の立退を要求すると共に、その立退に当てるため訴外パペンコの居住していた同市生田区北野町二丁目六番屋敷の家屋(建坪約十二、三坪)の賃借権を買求め之を控訴人に提供したけれども控訴人は当時の自己の家族が引移るのに狭隘だとして之を拒絶したこと、そこで同被控訴人は前段本訴で認定したような経過により同年八月九日訴外ペルシンと入替にその居室であつた二階東北隅二室合計約五坪(別紙図面A及びB相当の部分)に妻である被控訴人トレチヤニヴア、クゼニヤと共に入居し、爾来ここに起臥して殆んど荷物の置き場所にも困つているは勿論、便所と炊事場も同室であり、全体が日当りが悪く、不自由な生活を続けていること、控訴人は同年十一月頃から本件賃借家屋の一部である地階の一室(四畳半の間)を訴外山本みち子に対し、家主である被控訴人ヴオルヒンの承諾なくして転貸し、同人は昭和二十六年八、九月頃子供を生み共に居住中昭和二十七年一月頃退去したこと、控訴人の長男北村信雄は結婚して本件家屋から退去し神戸市灘区赤松町二丁目三の四に家屋を新築し養子と共に新世帯を営んでいること、並びに控訴人の二男康雄は現在東京に在住し、現在本件家屋に居住するのは控訴人夫婦三男女中と同居人福島某の五人であり、二階西面大部屋十二坪(別紙図面Cに相当するもの)は使用せず鍵をかけている事実を認めることができる。当審における控訴人本人の信雄及康雄はまもなく本件家屋に帰る予定であるとの供述はたやすく之を措信し難く、成立に争のない甲第二号証によつては右認定を左右し難く、その他右認定を覆へすに足る証拠はない。以上認定の事実によれば被控訴人ヴオルヒンは本件家屋の中前記居室即ち二階東北隅二室合計約五坪(別紙図面ABに相当するもの)及びB室に南接し之と交通し得る一室約七坪(別紙図面Dに相当するもの)の使用並に右A室に通ずる廊下階段玄関の共用を認める限度において本件賃貸借解約申入につき正当事由あるものと認めるを相当とする。従つて右解約申入は爾後六ケ月を経過した昭和二十五年七月十日を以て右限度においてその効力を生じ、本件契約はその範囲において消滅したけれども、之を超える範囲においては解約は不適法でその効力なきものと認める。控訴代理人は被控訴人は神戸市生田区山本通二丁目に宏大な外人向家屋を賃借し他人を居住せしめて居り何時でも引越し可能で同居も差支ない。従て被控訴人は控訴人方に強いて同居する必要がない旨主張するけれども右事実を認めるに足る何等の証拠はない。控訴代理人は被控訴人は現に米国領事館に米国向渡航許可を申請しその許可が得られているのに拘らず再三延期を申出でている。即ち被控訴人は本件家屋に居住の必要なく転売の目的で控訴人に明渡を求めているに過ぎぬ旨主張し、被控訴人ヴオルヒンが米国総領事館に米国向渡航許可申請したことはその認めるところであるけれども、その許可を得たことは何等その証拠がないのみならず、被控訴人ヴオルヒンの当審第二回供述によれば未だその許可もなく本人にも現に渡航の意図のないことを認めることができるから被控訴人が本件家屋使用の必要なく転売の目的で明渡を求めることを推断することはできない。控訴代理人は被控訴人ヴオルヒンは永住資格を三年間在留資格に切換えたものであつて日本在留の意思なく本件家屋を必要としない旨主張するけれども当審における控訴人本人の之に副う供述はたやすく信用できず、成立に争のない甲第二号証によれば被控訴人ヴオルヒンが昭和二十七年七月二十三日三年の日本在留資格を得たことを認めることができるけれども同被控訴人本人の当審第二回供述によれば同人は永住の許可を得たことはなく終戦前一年乃至二年の在留許可を得ていたが終戦後三年の許可を得之を繰返していることを認めることができるから、之を以て被控訴人が本件家屋を必要としない事実を認めることはできぬ。なお控訴代理人は被控訴人ヴオルヒンが本件賃貸借契約の解約申入をして家屋の明渡を求めることは公序良俗に反し権利の濫用にあたるから許されない旨主張するけれども右のような事実は本件におけるすべての資料によるも之を認めることができないから控訴人の右主張は採用できない。よつて控訴人に対し本件家屋全部の明渡を求める被控訴人(附帯控訴人)ヴオルヒンの反訴請求は右家屋一棟中被控訴人ヴオルヒンが現に占有中である二階東北隅二室合計約五坪(別紙図面ABに相当するもの)に関し右当事者間に賃貸借契約不存在の確認、右二階中東南隅一室約七坪(別紙図面Dに相当するもの)の明渡及び右二階に通ずる廊下、階段及び玄関に関する控訴人との共用関係の確認を求める限度において、その理由があるけれども、その余は失当として之を棄却すべきである。

従つて原判決が控訴人の本訴請求の全部を棄却し且、被控訴人ヴオルヒンの反訴請求中二階東南一室約七坪(別紙図面Dに相当するもの)の明渡並びに之に通じる廊下、階段及び玄関の共用を認容したのはいづれも相当であつてこの点に関する控訴人の本件控訴はすべてその理由がないが、原判決が被控訴人ヴオルヒンの反訴請求中二階東北隅二室合計約五坪(図面A及びBに相当するもの)の賃借権不存在確認を認容していない点は結局失当に帰するが、二階西面一室約十二坪(別紙図面Cに相当するもの)の明渡を排斥したのは正当であつて、被控訴人ヴオルヒンの本件附帯控訴は右限度において一部理由あるもその余は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条第三百八十六条第九十四条第九十五条第八十九条第九十二条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 西村初三 沢井種雄)

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